サイファーみてたらkandi身に付けたくなった話

梅田サイファーのリリースツアー、追加公演に行ってました。

仕事終わりに夜行バス乗って。人生2度目の大阪。

ずっと大阪遠征するならレイヴ大戦だろうなって思ってたのにまさかのハードコアじゃない音楽イベントで自分に驚きですよ。地元のコンビニに行くのか?みたいな阿呆すぎる軽装(荷物は財布、iPhone、たばこ、メイクポーチのみ)で弾丸。

 


楽しかった。

 

 

 

さっきもフライング気味に触れたけど、自分が音楽目当てに大阪へ行くならレイヴ大戦とかGRINDISCOとかAFTERSKOOLとか、まぁ他にも色々あるけどとにかくハードコアテクノ系のイベントだと思っていた。

前提として僕はハッピーハードコアを愛していてハンズアップを愛していてジャンプスタイルを愛していてUKハードコアを愛していてマキナを愛していてガバを愛していてJコアを愛していてドラムンベースを愛していてえっとえっとそれから。 もういいか。とにかくそういう音楽が好きだ。

僕は、テクノ近辺に生息する地虫だ。

 

 

 

このエントリーは、「そんなハーコー狂いが梅田サイファー食らって宗旨替えした話」ではない。

 

 

 

跳ねて歌って騒いで笑って、笑いながら、「これじゃないなあ」と思った。「僕にとってのそれじゃないなあ」と。

帰りのバスで「道玄坂でハーコー聞きてえ!」と焦がれた。アフターパーティの会場を出るや否や。

聞きてえ!浴びるほどハンズアップ聞きてえ!溺れるほどハピコア聞きてえ!ってなった。

 


サイファーは約束じゃない、クルーでもない、誰がきてもいい」みたいなこと、インタビューだったりMCだったりで聞く。今回のクアトロでも聞いた。

けして退屈だったわけではない。

間違いなく楽しい、あっという間に感じるライヴだった。嘘みたいでズルみたいで夢みたいなハッピーだった。ただ、それがお呼ばれしてお裾分けをもらうハッピーに感じたというだけの話で。

 


僕にとって「あのひとのラップ」はこれじゃないけれども

このひとたちにとって「僕の電子音」はあれじゃないんだな

僕にとってのあれが、このひとたちにはこれなんだな

と思いながらステージを見ていた。

たぶんきっと僕はラップに救われない。

 


そのことを悲しいとは思わない。

クオリアの共有ができないことなんて分かってて行った。あの日クラブクアトロで僕だけがWEEKEND RAVERSのパーカーを着ていた。たぶん。

 


悲しいとは思わないし、好ましいと思った。

僕は文化としてのヒップホップに触れて育ってはいない。慣れないモノというのは往々にして拒絶反応を起こしがちだ。

でも、間違いなく、めちゃくちゃ楽しかった。

それはライトに照らされていたあの人々の技量と気迫が持つエネルギーの証左であると思う。 歌唱法としてのラップには概ね好意的だけれど、ヒップホップの文化全体に馴染みがあるわけではない僕の高揚には敷くものがなくて、シンプルに目の前の彼らによって引き起こされていた。

 


輪っかに僕も入りたい、とはならなかったけれど、それは僕が「HIPHOP育ち」ではないからであって、ホイッスル吹き鳴らしたいレイヴホーン響かせたいPLURしたい!って衝動に駆られたのは間違いなくあの輪っか(ステージの上では半円だったけど)が理由だ。

「土曜日の歩道橋」*1の語義が土曜日の歩道橋でしかない僕が、

それでも「週末の冒険」*2秋葉原道玄坂や池袋、大きいところなら新木場あたりの光景を浮かべるような。

悲しいことであるわけがない。

 


要するに、僕は、音楽が好きなのだ。

 


それを違和感ではなく共感で再認識させてくれた梅田サイファーの面々は凄いな、と思う。

別にラップは救ってくれない。別にヒップホップは救ってくれない。

でも好きだ。

それを好いている人々も好きだ。

と思った土曜の夜でした。

 

 

 

たぶんこれからも僕はヒップホップに救われないし、

たぶんこれからも僕は梅田サイファーが好きなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところでそれはそれとして

(みんな大好きだけれども中でも好きな、と書くとなんか照れ臭くって推しとか贔屓とか言葉を茶化して書いてしまいがちな推しである)KOPERUソロまでアフターパーティに残れなかったことが心残りなので次の機会があればもうちょっとスケジュールなんとかするぞとも心に誓いました。

*1:梅田でサイファーしてた時間と場所

*2:僕のいちばん愛しているクラブイベントはWEEKEND RAVERSだ。後述の地名は僕が楽しく遊んだWRの会場たち